お前はあの館であったこと、時々思い出したりする。 きっとどんなに年月が過ぎても、俺はあの館で過ごした時間を忘れないと思う。 悲しいことも、嬉しいことも全部含めて、俺とお前の過去だから... 勝也君、あれ、退院の日で今日だよね。 うん、今日は来てくれたんだ。愛。 勿論だよ。拓也君も来るって聞いてたんだけど、一緒じゃなかったんだね。 拓也なら先に荷物を持って帰った。俺は愛と一緒に帰って来いって。 そうなんだ。三人一緒でもよかったのにね。 俺が愛と二人がいいから「帰れ」って言った。 うん? これは冗談。でも、拓也がそうしろって言うから、俺もそれでいいかなって。 お前と二人で外を歩くのを久しぶりだから。嬉しい。 そうだね。十年ぶり…だね。 うん。行こう。 手…繋ぐの?車椅子とか松葉杖とか必要ないの? もう平気。自分で歩ける。俺、リハビリ頑張ったから。 愛と一緒に歩くために。だから、手を繋いで歩こう。 分かった。辛くなったらいつでも言ってね。 ここが勝也君の部屋か。ちゃんと家具も揃えてるし、綺麗に掃除してあるね。 俺も入るのは初めて。 そっか。あの事故の後に引っ越した家だもんね。 でも、ちゃんとこうやって部屋も家具も用意してくれてたんだ。 おじさんとおばさんは今日いないの?相変わらず忙しいんだね。 どうしても仕事の都合がつかなかったって。でも、拓也と愛がいたし、それに… それに? 俺が目を覚まして初めて喋った時、泣いてくれたから。俺はそれだけでいい。 おじさんもおばさんも拓也君も、みんなずっと待ってたんだね。勝也君が目を覚ますのを。 うん。狭間の中ではずっと一人だと思ってたけど、本当は俺一人じゃなかった。 みんなの中に俺の居場所があったんだ。十年も眠ってたのに、みんな忘れなかった。 勝也君、私この十年勝也君のこと知ろうとしな… ダメ。 えっ? また謝ろうとした。顔見れば分かる。俺そんなつもりで言ったんじゃない。 そうなんだけど。 過去のことで謝るのは終わり。お前とは未来のことを話したい。 未来のこと? 愛、たくさんお見舞いに来てくれたけど、なかなか二人きりで話せなかった。 だから今日、二人きりで話せて嬉しい。 そう言えばそうだね。 未来のことで何の話しようか。次いつ会うのか決めちゃう? そうじゃない。愛分かってない。俺は話したいのは俺とお前のこれからのこと。ほら、ここに座って。 うん… あの、近くない? また遠い。もっと近くてもいいくらい。俺、ずっと我慢してた。 ちゃんと一人で歩けるまで、ちゃんと退院するまで、ちゃんとみんなと同じ場所に立つまで、愛をキュウってするのはやめようって。 キュウッてする前にちゃんと伝えたい。俺はお前が好きだ!すごく大切で、大事で、大好き! うん。ありがとう。私も勝也君もすごく大切だし、一緒にいると安心する。 安心… 不満そうだね。勝也君。 俺と愛って恋人同士? えっ、それを聞くの? 違う? うん…うんん。違わないと思う。 だって、勝也君が好きって言ってくれて、私もそれに返したし、それにあんな状況だったけど、キスもしたし。 こちに戻ってきて勝也君と一緒にいる間に自然とそうなっていてるって思ってたよ。 でも恋人といると、普通はドキドキするものなんだって言われた。安心するだけじゃダメなんだって。 それ、亜紀ちゃんが言ったの? うん。 やっぱり。 俺も何が足りない気がする。お前と恋人同士になれたのに、今までとあんまり変わってない。 でもギュウを我慢してた間に、俺の好きもちょっと変わった。 勝也君の好き? 俺にとってお前は特別。好きはたくさんあるけど、お前の好きは全然違う。 お前がいるだけであったかい気持ちになって、お前じゃなきゃダメで、お前がいるとホッとするけど不安にもなる。 お前が他の誰と二人でいるのを見ると苦しい。もしかしてこれで好きじゃないのかな。 うんん、当てると思う。 他の誰かと同じ好きじゃ嫌なんだ。特別で一つだけの好きがいい。愛の俺への好きはそう言う好き? 特別で、一つだけの、恋人の好きだよ。 俺の目、見て、愛。 愛の言う好きは俺と同じ好きになれる。俺と同じになってくれる? えっと… ダメ? ダメとかそう言うじゃなくて、私は勝也君がそんな風に考えてるなんて思ってなかったの。 抱きしめられても、勝也君の方がいつも落ち着いてで動揺してるのは私だけなのかなって思ってた。 ドキドキしてた? 当たり前だよ。安心するのも本当だし、ドキドキするのも本当。 でも、それを全部伝えるのは恥ずかしいでしょう。 そうなんだ。よかった。じゃ、もうキュウってしていい?恋人同士のキュウもチュウも、たくさんしていい? えっ?今するの? うん。ダメ? 今すぐにはちょっと、もうちょっと段階踏んでって言うか… 段階?どうしたら段階を踏めるの? えっと、今までよりもさらに仲良くなって、ドキドキして、そうなったらするんじゃないかな。 じゃ、ドキドキしよう。どうしたらドキドキする? へっ…どうしたらって、今でも十分ドキドキはしてるんだけど。 何で? 勝也君にキスされるんじゃないかと思うと、そりゃドキドキするよ。 じゃするふりする。 あぁ!何? ベッドに押し倒して、キスをするふり。 段階飛ばしすぎだよ! 飛ばしてる?じゃ、どう言うのがいいの? 手を握るとか? おぉ… この体勢で手を握るのはなんか… 違うの?じゃ、どうしたらいい? じっと見つめ会うとか… じっと?うん…顔、真っ赤。 あ、当たり前だよ!もう、心臓が張り付きそう。 じゃ、キスしてもいい? せめて五分にしよう? うん。 お前のほっぺた、柔らかい。 そう?それはいいんだけど、普通に座ろう? 何で?この方が顔がよく見える。 俺が今世界で一番美味いの近くにいるんだなんて感じがする。 それは、これからはずっとそうだよ。だって、恋人同士なんだし。 好き〜すごくすごく好き〜何でだろう。苦しいけど、嬉しい。 久しぶりにキュウってしてるのに、今までと全然違う気分になる。ごめん、何? こんなにぴったりくっついてるのに、もっともっとお前とくっつきたくなる。キュウってしたくなる。 そんなこと言われたら怒れないよ。 キュウってしちゃう、ダメだった? うんん、じゃこれは恋人同士のキュウだね。 そっか。これが恋人同士のキュウなんだ。苦しいのに幸せ。すっごく不思議。 うん。私も幸せだよ。勝也君。 愛? 何? それからどうしたらいい? これから?どうしたらいいって...手を握って、五分にキスして、ギュウってしたから次は… してもいい? うん。いいよ。 おでこ? 散々散らされたから、お返し。今口にチュウすると思った?そう言う顔してた。 思ったよ。 だからすごくしたかったけど、我慢した。ドキドキした? もう! ごめん。でも俺、お前にたくさんドキドキしてほしい。 もっと俺のこと好きになってほしいし、もっともっとキスしたいから。 キスする度にこんなにドキドキしてたら心臓がもったないよ。 俺もすごくドキドキしてる。愛可愛い。好き!大好き! たくさん話をして、たくさんキスしよう。そうしたら離れていても、絶対お前を近くに感じられる。 もう一人じゃないってこと、絶対忘れたりしないから。だから一緒にドキドキしよう。