[ti:] [ar:] [al:] [offset:0] [00:00.81]五日目、 [00:02.70]またも羊のおかげで、 [00:04.90]王子さまの人生の [00:06.62]もう一つの秘密が明かされた。 [00:10.34]いきなり何の前触れ(まえぶれ)もなく、 [00:12.84]王子さまは僕に聞いてきた。 [00:16.48]ずっと黙って考えていた問題が [00:19.56]ようやく答えを見出したように。 [00:23.73]「羊って、小さな木を食べるなら、 [00:27.13]花も食べるんじゃないかな。」 [00:30.10]「羊は見つけた物は何でも食べるよ。」 [00:34.47]「刺のある花でも?」 [00:36.63]「そう、刺のある花でもね。」 [00:40.28]「だったら、 [00:41.85]刺って、何のためにあるの?」 [00:47.51]「そんなことは知らない。」 [00:50.58]その時僕は [00:52.06]エンジンに固く食い込んだボルトを外すのに [00:54.54]必死になっていた。 [00:57.05]故障は極めて深刻だった。 [01:00.48]飲み水も底を尽きかけていたし、 [01:03.38]最悪な事態に怯えていた。 [01:07.94]「ねえ、刺は何のためにあるの?」 [01:12.54]王子さまは一度質問をしたら、 [01:15.11]その答えを聞くまで絶対に諦めない。 [01:19.27]僕は、ボルトにいらいらしていたので、 [01:22.83]考えもせず、適当に答えた。 [01:27.07]「刺は何の役にも立たないよ。 [01:29.65]ただの花の意地悪さ。」 [01:32.10]「え?」 [01:34.50]しかし、一瞬の沈黙の後、 [01:37.85]王子さまは憤然として言い返してきた。 [01:43.38]「そんなこと、信じない。 [01:46.43]花は弱くて無防備なんだ。 [01:49.12]でも、できるだけのことをして、 [01:51.94]安心したいんだ。 [01:54.13]刺があれば、 [01:55.41]怖い存在になれると思っているんだ。」 [01:59.96]僕は返事もしなかった。 [02:03.16]こんなことを考えていたのだ。 [02:06.71]「このボルトが動かないなら、 [02:09.26]金槌で叩き壊すしかないな。」 [02:13.49]しかし、王子さまが再び割り込んできた。 [02:18.47]「でも君、君は思ってるの?花が…」 [02:23.99]「違う違う。何とも思っていないよ。 [02:28.38]思いついたことを適当に言っただけさ。 [02:31.77]僕は今、重要なことで頭がいっぱいなんだよ。」 [02:37.47]「重要な…こと?」 [02:41.65]王子さまは僕を見ていた。 [02:44.93]金槌を持って、 [02:46.78]指先は機械油(きかいあぶら)で真っ黒。 [02:50.48]王子さまにとっては、 [02:52.43]酷く不格好(ぶかっこう)に見える物の上に [02:54.72]屈(かが)み込んでいる。 [02:57.77]「君の話し方は大人みたいだ。 [03:01.76]何もかもごっちゃ混ぜにしている。」 [03:07.42]そう言われて、 [03:09.25]僕はちょっと恥ずかしくなった。 [03:13.41]王子さまは本当に怒っていた。 [03:16.80]金色の髪が風に揺れていた。 [03:21.62]「僕は、 [03:22.64]赤ら顔(あからがお)の小父さんが暮らす星に [03:24.81]行ったことがある。 [03:26.94]その小父さんは [03:28.68]一度も花の香り嗅いだことがない。 [03:32.10]星を眺めたこともない。 [03:34.68]誰かを愛したこともない。 [03:38.74]小父さんは、 [03:40.10]足し算(たしざん)以外 [03:41.26]何もしたことがないんだ。 [03:44.30]そして一日中 [03:46.03]君みたいに繰り返していたよ。 [03:50.08]私は重要人物だ、私は重要人物だってね。 [03:56.62]そして大威張りに威張って、 [03:58.61]膨れ上がっている。 [04:01.27]でも、そんなのは人間じゃない。 [04:04.52]茸だ。茸だよ。」 [04:08.52]王子さまの顔は [04:10.47]怒りのあまり青ざめていた。 [04:13.92]「何百万年も前から、 [04:16.01]花は刺を付けている。 [04:18.88]何百万年も前から、 [04:21.05]羊はそれでも花を食べる。 [04:24.31]どうして花が [04:25.81]わざわざ役立たずの刺を付けるのか、 [04:28.80]考えるのは [04:29.70]大事なことじゃないっていうの? [04:33.20]羊と花との戦いは [04:35.30]重要じゃないっていうの? [04:38.82]赤ら顔の太った小父さんの足し算よりも、 [04:41.94]大事でも重要でもないっていうの? [04:46.85]僕は、世界中で [04:49.33]たった一つだけの花を知っていて、 [04:52.47]それは僕の星にしか咲いていないのに、 [04:56.57]羊がある朝、 [04:58.40]何も考えずに [05:00.01]ぱくっとその花を食べてしまっても、 [05:02.87]そんなことは重要じゃないっていうの? [05:08.51]もしも誰かが何百万もの星の中で [05:12.55]たった一つの星に咲く花を愛していたら、 [05:16.54]その人は星空を見上げるだけで、 [05:19.27]幸せになれる。 [05:22.77]僕の花はあのどこかで咲いている、 [05:26.39]と思ってね。 [05:28.73]でも羊が花を食べてしまったら、 [05:31.52]それはその人にとって、 [05:33.92]星の光が全て [05:35.93]いきなり消えてしまうってことなんだよ。 [05:39.68]それが重要じゃないっていうの?」 [05:44.59]王子さまは、 [05:46.09]それ以上何も言えなくなった。 [05:49.16]そして、不意に泣き出した。 [05:54.74]夜になっていた。 [05:57.74]僕は工具を投げ捨てた。 [06:00.70]金槌も、ボルトも、 [06:03.85]喉の渇きも、迫り来る死も、 [06:08.50]もはやどうでもよかった。 [06:12.54]僕の星、この地球に、 [06:16.16]慰めを求めている小さな王子さまがいたのだ。 [06:21.46]僕は、王子さまを両腕で抱き締め、 [06:25.76]小さな体を静かに揺(ゆ)すってあげた。 [06:31.45]「君が愛する花は、 [06:33.63]危ない目になんか遭わないよ。 [06:37.13]僕が羊の口に嵌める口輪(くちわ)を書いてあげる。 [06:42.15]花の周りには囲いを書いてあげるよ。僕は…」 [06:52.18]その先は、何を言えばいいのか、 [06:55.93]分からなかった。 [06:59.72]なんて不器用なんだろう。 [07:02.98]どうすれば王子さまの心に届くのか、 [07:07.20]どうすれば再び一つになれるのか、 [07:10.88]僕には分からなかった。 [07:15.27]本当に謎めいている、涙の国という所は。 [07:27.98]すぐに僕は、 [07:29.87]王子さまの花のことをもっとよく知るようになった。 [07:35.72]王子さまの星には、 [07:37.76]もともと花びらが一重(ひとえ)の素朴な花が [07:41.32]場所も取らず、 [07:43.12]邪魔にもならずに咲いていた。 [07:46.56]ところがある日、 [07:48.62]どこからともなく運ばれてきた種が芽を出した。 [07:53.12]王子さまは他の物とは似ても似つかないその芽を見つけて、 [07:58.49]注意深く観察していた。 [08:02.15]新種のバオバブかもしれないからだ。 [08:06.84]しかしそれはすぐに伸びるのを止め、 [08:10.22]花を咲かせる準備を始めた。 [08:14.75]ふっくらと大きく、 [08:16.88]艶やかに蕾が育っていくのを見て、 [08:20.52]王子さまは、 [08:21.88]奇跡のような物が現れてくるのを感じていた。 [08:27.68]しかし花は、 [08:29.41]緑の部屋に隠れたまま、 [08:31.97]美しい装いに掛かりきりだった。 [08:37.12]慎重に色を選び、 [08:39.40]ゆっくり衣裳を纏い、 [08:42.28]花びらを一枚ずつ整える。 [08:47.41]雛罌粟(ひなげし)のように [08:48.19]皺(しわ)くちゃな姿は見せたくなかった。 [08:52.64]これ以上はない輝きを放つ美しい姿で、 [08:56.72]華麗に登場したかった。 [08:59.85]そう、花はとてもお洒落だった。 [09:04.99]謎めいた準備は何日も続いた。 [09:10.06]そしてある朝、 [09:11.86]ぴったり日の出の時間に花は姿を現した。 [09:18.17]そして、 [09:19.02]あれほど念入りに装いを凝らしておきながら、 [09:23.55]欠伸を噛み殺してこう言った。 [09:27.69]「ああ、たった今目が覚めたばっかり。 [09:31.96]ごめんなさいね。髪がぼさぼさだわ。」 [09:36.43]しかし王子さまは [09:38.16]感動を抑えることが出来なかった。 [09:41.67]「なんて綺麗なんだ、君は。」 [09:45.60]「でしょう?」 [09:47.61]花は静かに答えた。 [09:51.60]「私はお日様と一緒に生まれたんですもの。」 [09:56.06]王子さまは [09:57.53]花があまり謙虚ではないことに気づいたが、 [10:01.57]それでも目が眩むほど美しかった。 [10:07.31]「そろそろ朝食のお時間ね。 [10:10.02]お願いしてもよろしいかしら。」 [10:13.66]王子さまはすっかりどぎまぎしていたが、 [10:16.85]如雨露(じょうろ)に新鮮な水を汲(く)んできて、 [10:19.84]たっぷり花に掛けてあげた。 [10:22.96]花はすぐに気まぐれな自惚れで、 [10:26.32]王子さまを困らせるようになった。 [10:30.47]例えばある日、 [10:32.02]自分の四本の刺の話をしながらこう言った。 [10:37.09]「たとえ虎が来ても大丈夫よ。鋭い爪で…」 [10:42.64]「僕の星には虎はいないよ。 [10:45.23]それに、虎は草を食べないし。」 [10:48.95]「私、草ではないんですけど。」 [10:52.81]「ごめんなさい。」 [10:55.28]「虎なんかちっとも怖くないけれど、 [10:58.04]風が吹き込むのが苦手なの。 [11:01.87]貴方、衝立(ついたて)がないのかしら。」 [11:05.64](風が吹き込むのが苦手だなんて、 [11:08.35]植物なのに、困ったことだわ。 [11:12.07]この花はけっこう気難し屋さんだぞ。) [11:16.82]「暗くなったら、 [11:17.67]ガラスの覆いを被せてちょうだい。 [11:20.44]この星はとても寒いわ。 [11:22.77]作りが悪いのね。前に私がいた所は…」 [11:29.05]花はいきなり口を噤(つぐ)んだ。 [11:33.10]種の状態で来たのだから、 [11:35.30]他の世界のことなど、 [11:37.09]何一つ知っているはずがない。 [11:40.72]花はすぐに [11:42.03]ばれる嘘をついてしまったことが [11:44.15]恥ずかしくて、 [11:45.96]悪いのは王子さまのせいにしようと、 [11:49.58]二度三度咳をした。 [11:51.64]「で、衝立は?」 [11:54.46]「探しに行こうとしていたら、 [11:56.41]君が話しかけてきたんでしょう?」 [12:00.41]すると花は、 [12:01.93]わざとまた咳をして、 [12:03.95]王子さまの良心を疼かせた。 [12:08.16]こうして王子さまは、 [12:10.05]心から愛していたにもかかわらず、 [12:12.97]直(じき)に花のことを信用できなくなっていった。 [12:18.70]些細な言葉を一々深刻に受け止め、 [12:22.49]その度に不幸になった。 [12:26.29]「花の言うことなんか、 [12:28.11]聞かない方がよかったんだよ。 [12:30.76]ただ眺めたり、 [12:32.20]香りを楽しんでいればいいんだ。 [12:35.32]あの花は僕の星を [12:38.01]いい香りで満たしてくれた。 [12:41.37]それなのに僕はそれを楽しめなかった。 [12:46.20]虎の爪の話にしても、 [12:48.49]僕はうんざりしたけれど、 [12:50.98]花にしてみれば、 [12:52.60]ほろりとさせるつもりだったのかもしれない。 [12:56.95]あのころの僕は、 [12:58.74]何(なん)にも分かっていなかったんだね。 [13:02.08]言葉ではなく、 [13:03.76]振る舞いで判断しなくちゃいけなかったんだ。 [13:08.74]花は僕の星をいい香りで満たし、 [13:12.28]明るくしてくれた。 [13:15.11]僕は逃げちゃいけなかったんだ。 [13:18.36]つまらない見せ掛けに隠れた花の優しさに [13:21.53]気づくべきだった。 [13:24.00]花って、本当に矛盾しているからね。 [13:30.82]でも僕はまだ子供で、 [13:33.28]あの花の愛し方が分からなかったんだ。」 [13:40.34]王子さまは星から出て行くために、 [13:43.56]渡り鳥の移動を利用したようだ。 [13:47.53]旅立ちの朝、 [13:49.32]王子さまは星をきちんと片付けた。 [13:54.26]活火山を掃除して、 [13:56.02]煤(すす)を丁寧に取り払った。 [13:59.52]二つの活火山は [14:01.29]朝食を温めるのになかなか便利だった。 [14:05.77]用心に越したことはないので、 [14:08.15]一つある死火山の煤も払っておいた。 [14:12.52]綺麗に掃除しておけば、 [14:14.74]火山は静かに安定して燃えて、 [14:17.51]噴火はしない。 [14:21.07]それから王子さまはちょっぴり寂しそうに、 [14:25.48]入ってきたばかりのバオバブの芽を抜いた。 [14:29.59]二度と帰ってくるつもりはなかった。 [14:34.13]その朝は、 [14:35.73]やり慣れた作業が何もかも [14:39.03]とても愛おしく感じられた。 [14:43.63]花に最後の水をやり、 [14:46.19]ガラスの覆いを被せてあげようとした時、 [14:49.74]王子さまは [14:51.63]自分が泣き出しそうになっていることに気づいた。 [14:56.43]「さようなら。」 [14:59.06]王子さまは花に言った。 [15:02.88]しかし、花は答えなかった。 [15:08.98]「さようなら。」 [15:11.93]王子さまは繰り返した。 [15:15.47]花は咳をした。 [15:17.95]でも、風のせいではなかった。 [15:23.64]「私が馬鹿でした。 [15:26.52]許してください。幸せになってね。」 [15:35.18]非難の言葉がなかったので、 [15:37.68]王子さまはビックリした。 [15:42.11]すっかり戸惑って、 [15:44.23]ガラスの覆いを持ったまま立ち尽くした。 [15:49.00]この穏やかな優しさの意味が [15:51.51]分からなかった。 [15:55.35]「そうよ。私、貴方を愛している。 [16:02.30]貴方が気づかなかったのは私のせいね。 [16:06.63]もうどうでもいいけど。 [16:10.19]でも貴方も、私と同じくらい馬鹿だったのよ。 [16:17.17]幸せになってね。ガラスの覆いは捨てて。 [16:22.68]もう要らないから。 [16:25.13]「でも、風が…」 [16:28.18]「風ならそんなに酷くないわ。 [16:31.49]夜の涼しい空気は体にいいし、 [16:35.59]私は花ですもの。」 [16:38.12]「でも、動物が来たら…」 [16:41.64]「蝶々と知り合いになりたかったら、 [16:44.16]毛虫(けむし)の二匹や三匹、 [16:46.10]我慢しなきゃね。 [16:48.95]蝶々って、とても綺麗だって聞いたわ。 [16:53.82]だって、他に誰が私を訪ねてくれるって言うの? [16:59.77]貴方は遠くへ行ってしまうし。 [17:04.86]大きな動物も全然怖くないわ。私にだって、爪があるもの。」 [17:13.40]そう言って花は [17:15.03]無邪気に四本の刺を見せ、こう言った。 [17:21.04]そうやっていつまでもグズグズしないで、 [17:24.52]いらいらするから。 [17:27.19]行くって決めたのなら、すぐに行って。」 [17:32.30]花は泣いているところを、 [17:35.72]王子さまに見られたくなかったのだ。 [17:40.31]それほど自尊心の高い花だった。