はぁ…39度… どうだ、渚。熱、下がったか はい、下がりました そうか?顔色、悪そうだぞ? …なぁ。学校、休んだ方がいいんじゃないのか 大丈夫です…ああ! おっと、危ない! えへへ、朝から朋也くんに抱きついじゃいました 何がえへへだ、ふらふらして… ちょっと体温計見せてみろよ あ… すごい熱じゃねぇか!なんで下がったなんて嘘ついたんだ 先生が、三学期の始業式には 元気な顔を見せてくれ、って言ってたんです 馬鹿っ、全然元気じゃないだろ ごめんなさい… ほら、寝てろ いつもの発熱のようですね 心配いりません、大丈夫ですよ 俺が悪いんです。俺がいい気になって 冬休み中、渚をあちこち、引っ張り回しちゃったから …いえ、朋也くんは悪くないです… 悪いのは、体の弱いわたしです では、一番悪いのは、渚をこんな体の弱い子にしちゃった わたしと秋生さんですね お母さん… 早苗さん… 朋也さんは、お仕事に出掛けてください 渚はわたしが見ていますから 申し訳ないっす… 渚も朋也さんが帰ってくるまで おとなしく寝てましょうね はい 今日の街灯設置は、これで最後だったな そうっす 岡崎、今日はもうあがれ。このまま直帰していいぞ でも、まだ後片づけが残ってるし それに、事務所に戻って伝票の整理もー んなもん、俺がやっといてやるよ 早く家に帰って、嫁さんの傍に居てやれ まだ、嫁じゃないっすよ んなこと、どうでもいいんだよ まごまごしてると、俺の気が変わっちまうぞ じゃ、お言葉に甘えて。ありがとうございます お母さん、帰りました? 起こしちまったか いえ 早苗さんから聞いたけど 実家に戻らなくとも大丈夫なのか? はい。病気しても、ここがわたしの家です ここで寝っていたいです そっか 朋也くんには、迷惑ばっかりかけてしまってますけど… 馬鹿。おまえは 元気になることだけを考えてりゃいいんだよ はい これまでと同じように、渚の微熱は長く続き 二月になっても、登校できなかった。 ただいま! おかえりなさい 遅くなって申し訳ないっす。すぐ手伝います 大丈夫ですよ、もうできますから マジすいません 気分はどうだ? いいです ご飯、食べられるか? いつもぐらいなら、食べられると思います なら、調子はいつも通りだな 夕飯の前に、少しお話があります 今日、担任の先生とお話してきました あ… 三学期、もしこのまま休んでしまっても 卒業させてもらえるそうです マジっすか!? はい。それまでの出席も良好ですし 単位も問題ないということです よかったな、渚 はい、よかったです 朋也くん、お母さん、ありがとうございます 俺たちじゃないよ。おまえが一年、頑張ったからだって 渚、よく頑張りましたね はい…でも、まだ終わってないです できれば、残りの授業…出席したいです このまま終わってしまうのは、寂しいです… 渚… 今日もありがとうございました これで春には、籍を入れられますね はい…でもその前に、渚には、卒業式に出てほしいです …… 俺、あいつの気持ちわかるんです。卒業式を迎えて初めて、 高校生活をまっとうできたと思ってるじゃないかって そのために、この一年頑張ってきたじゃないかって。なのに… …… 渚にとっちゃ、三度目の正直ですからね 三年越しの思いを、なんとか叶えさせてやりたい 卒業式までには、まだ一ヵ月あります それまでには、渚の熱も下がりますよ、きっと だが、一週間、二週間が過ぎても 渚の熱は下がらなかった。 (仰げば尊し、わが師の恩…) ん?今日は卒業式か。そういや、嫁さんどうした? 今頃、渚のやつも歌ってると思います、たぶん 結局、渚の思いは叶わなかった。 …仰げば、尊し…わが師の、恩… 渚は部屋の中で、制服も着ず、誰にも見送れられもせず… ひとりぼっちの卒業式を迎えた。 (…教の庭にも…はや幾歳…)