久しぶりに休日ができたと思っていたら、書道教室の先生を頼まれた。思い返せば、学生の時以来か、ここに来るのは。 「どうですか?書けましたか?う~ん、綺麗に書けていますね。へぇ?先生の教え方がうまいから?そんなことないですよ。字は人の心を映す鏡。貴方の字が綺麗なのは、貴方の心の中を映しているからですよ。」 先生のアルバイトをいやだと思ったことはない。教室に来る生徒の皆は僕のことを慕ってくれる。それは書道家である父の威光かもしれない。でも…ここに来ると落ち着く。 静かな住宅街の一角にあるこの教室の窓からは、小さな日本庭園が見える。手を休めて、窓の外に目をやると、雪が降っている。いつのまに降り出したのだろう? 「ふわ~もう結構積もってるなぁ。はぁ~息が白い。」 もうだいぶ前から降っていたのかもしれない。庭の草木はほとんど雪に覆われて白くなっている。 「彼女も今頃雪見てるかなぁ…なんて。」 手の平を差し出すと、雪がふわりと落ちてくる。でもすぐに姿を変えて消えてしまう。 「まるで…彼女みたいだ。」 このまま雪が降り積もって、世界中を白く染め上げればいいのに。何も見えなくなるくらい…すべてを、白く…白く…そして、嫌なことを、忘れたいことを全部消してくれればいいのに。 『吾が恋は現在もかなし草枕多胡の入野の奥もかなしも』 僕は悲しい恋をしている。きっと未来も、それは変わらない。 こんな弱気になるなんて、僕らしくないな…